アラフォーシングル半ニート女の、それでもそこそこ幸せでも時々毒も吐くよブログ

アラフォーシングル実家暮らしで半分ニート、それでもそこそこ幸せな毎日を書きつつでも時々毒も吐く予定のブログ

三つ子の魂百まで

ちょっと前に、なんか知らんけど自由になりたいなぁ、と思ったことがありました。
自由にって大分自由にやってますけど。
固定で働いているのは週2日。それ以外はたまにアルバイトをするくらい。あ、幸い専門職なので、わりかし良いお給料はいただいてますが。
結婚しているわけでも子供がいる訳でもなく、それでも実家暮らしなので、それほどお金に困ることもなく、興味あることにいろいろ手を出し、空いてる時間は好きなお料理をしたり、のびのび暮らしてます。
 
そんな暢気すぎる程の生活をしているのに、自由にってなんやねーん!と自分でツッコミを入れていたのですが、でも多分、子どものころ創り出したドラマにまだハマってるよ!そろそろそれ辞めようよ!ってことだったことに気付きました。
 
こっからは私の昔話になりますが。
 
私の実家はもともと祖父の建てた家で、父は長男。つまり母は長男の嫁でした。
嫁入りした母は残念ながら、舅とも姑ともあまり折り合いが良くなかったようです。
もっと言うと、私の姉を妊娠したあたりから父(つまり夫)ともいまいち折り合いが悪くなり、親戚筋ともあまり仲良くなく、こう書くとどんだけだ、と思うわけですけど、まあそんな四面楚歌の状態で、それでもきっちりした性格なので、良妻をずっとやっていたようです。
家の中のことも、親戚づきあいご近所づきあいも。

 

周囲に味方も相談できる人もいないまま日々健気に完璧な妻をやっていた母。
私はその母の次女に産まれました。
幸い(といっちゃうのもなんですが)私が産まれた時には祖母は他界していたのですが、舅との折り合いは悪いまま、夫婦もイマイチ距離があるまま、母は二人の娘(姉と私)を、今度は賢母モードで育てます。
 
まあなんというか、とても緊張感のある家庭でした。
表面的には穏やかなんですけどね、喧嘩もないんですけどね、大声を家の中で出すこともないんですけどね、まあ、ぴりぴりした家庭でした。
そんななか私は、いつもいつも母の顔色を窺っていたように思います。
お母さんの機嫌を損ねないよう損ねないよう。
 
大人になって姉とそのことに関し話したことがあるのですが、やっぱり姉は姉で似たような緊張感を抱えながら育ったようです。
子どもの頃はね、なかなかお互い解らなかったものですが。
 
でもね。子どもというのはどうしたって母親が好きなもので。
どんなにピリピリしているお母さんでも大好きだし、喜んでほしいし、笑って欲しいし、なんならお母さんを、ピリピリさせているものから守りたいと思うようになります。
子どもながらにね。まあ子どもだからなんも出来ないんですけどね。
 
いつもぴりぴりしてしんどそうなお母さんを守ろうとする。そうなると大変なんですよ。
だって敵はおじいちゃんでお父さんで親戚のおじさんおばさんでご近所の皆さんなんですから。
敵ばっかり。

 
子どもの私は周囲を全部敵認定して、まるで隙を見せずになんでも完璧にこなそうといつもぴりぴりしている母のごとく、やっぱり私も、周囲にも家族にも隙を見せないようにいつも緊張してぴりぴりと暮らすようになりました。
当然、守りたかった対象である母に対しても甘えることもできず、隙を見せず何でも卒なくこなし困った時に誰かに頼ることもない、そんな成長を遂げます。
 
勿論こうなる過程にはとんでもない勘違いが生じています。
そもそも母が完璧主義をやっていたのは自分の意思で周囲がそれを強制した訳ではなく。
私はおじいちゃんを勝手に敵認定してましたけど、まあそんなツンツンした嫁は、おじいちゃんもさぞ扱いにくかったことだろうし。
父だって、気が弱い人でしたけどね、でも気は良い人だったから、それなりに母を大切にしてました。
そして何より姉は、私にとっては最大の理解者になる可能性がある人だったけど、子どもの頃はお互いそんな気持ちを話さなかったから、多分お互い、お互いを馬鹿にして過ごしていた。
 
そして昔の人はうまいこと言ったよね。
三つ子の魂百まで。
 
お母さんを守らなきゃ、そして周囲は敵ばっかり、だれにも頼れないという勘違いをした私は、その勘違いを無意識に抱えたまま大人になります。
無意識なんですよ。そこが恐ろしい所。
 
 
無意識レベルで私は未だに、自分の希望より母の希望を優先しようとしてしまうところがあるし、無意識レベルで未だに周囲に隙を見せたらいけないと思っているし、無意識レベルで誰にも頼れないと思っている。
 
ずーっとずーっとそんな緊張感の中で生きていた。
 
心理学をはじめ心のことを学びつつ、自分が長年抱えてきた思い込みや勘違いから少しずつ少しずつ自由になって来ました。
すっかりゆるゆるなダメ人間ぶりを発揮するようになりました。
大体今の生活自体がどう考えてもダメ人間のそれです。
 
でも相変わらず、自分より常に母を優先に考えていたり。

なんとなくピリピリ緊張感を抱えて生きている人を見るとどうしてもその人に対してい口を出したくなったり。
人に甘えるのも頼るのもどこか苦手なまま。
 
いうなれば、子どもの勘違いした世界観を抱えたままの大人になってた。
 
でもね、実は世界はとても親切で(一見とても意地悪に見えるんですけど)、あなたまだその思い込み抱えてますよ、子どもの時のパターンやってるよ、もうそれやめたらいいんじゃない?っていうのを気付かせてくれる出来事や人が、何故か、繰り返し目の前に現れます。
(その辺りの詳細はまた書く機会があるかわかりませんが)
 
そして、その子どもの頃のパターンをやっている時は、それはそれでメリットがあるのです。何しろ慣れてるからね。ある意味に安心なんですよ。

たけれど、一番の根っこの、これ、から本気で自由になりたいぞーってやっと本気で思えたの。
三つ子の魂百まで、って昔のことはうまいこと言った。けど。もうそこは持ち越さなくていいじゃんかーと思う。